私が抗うつ剤を止めていった過程 その13
前向きな言葉、よい可能性について話してくれた医師の言葉によって、
私も少し希望を持ち、安堵することができた。
44才ではもう現実的に妊娠は難しい、ととくとくと語る医師もいれば、
44才でもまだ若い!卵巣は元気だ!まだまだ生める! と自身の経験から励ます医師もいる。
仕事でも同じ。
インターネットで調べると、40代からの仕事上での転機について、
もうろくな仕事は見つけられないとか、みすぼらしい先行きを書く人もいる。
しかし私が会った師匠は、50代でその道に入り、いまは講師として活躍し、かつ日本を代表するトッププロジェクトに携わっている。
この師匠は、「仕事はある」「年齢は関係ない業界もある」「転職するほど技術が上がり、賃金も上昇する!」と何度も何度もいっていた。
そんなものは夢にちがいない、と思って半ば失望し、
つまづいてもなお生活のためにやらなければならない四十代の生徒たちに、
師は常々言い聞かせていたのだ。
そしてその師の言葉通り、私も職にありつき、不安定ではあるが、
仕事を望む時には困らない状態になった。
そこにいた生徒たちの大半が、みな同様に仕事にありつき、前進している。
先日は、仕事でとてもいい話をいただいた。
普通ならまず経験できないような大きな事業に携わらないかというお誘いだ。
15年ほど抗うつ剤にすがり、
だらだら寝たり起きたりをし、田舎で人との関わりを全く避け、
人生に失望していたのに、
人間はここまで立ち直ることができる。
やろうと思えばできる。
それにはコツがいる。
不安な状態から、なにがしか不安が収まった時、
その状態の時を、強く意識するのだ。
「いまは収まった。あんなにきつかったけれど、いまは収まった」
という風に。
ノートに書いてもいい。
書くのが億劫な場合は、頭のなかでメモをとるようにイメージするだけでも違う。
収まった状態の時を強く意識するのだ。
またどうせ不安になるのではないか、
と考えがちだが、
それをあえて、
あれだけ不安になってもこうして収まる時間帯があるのだ
あれだけ不安になっても、○○したら収まったのだ、
と強く意識するのである。
これは結構効果がある。
脳の不安を抑制する機能が、強化されるのである。
その部分の働きが増強し、質量も増える。
自分でも学習することができる。
不安な時は、「これがいつまでつづくのだろう」
「またこうして不安が襲ってくるのではないか」
など先が見えないことも、大きな不安の要素でもあると思う。
けれど、息継ぎをするように、もしくは陸にあがって一休みをするように、
「不安が軽減したこと」
「不安を軽減するためにやったこと」
などを強く意識すると、
不安の最中にあっても人は逃げ場を得ることができる。
精神的にいつかは楽になる時間があるということが、
その人の本来の強さを高めていくのである。
小さな日記帳などにメモするのがおすすめだけれど、
私のように億劫に感じる人は、メモをとる映像をイメージしたり、
いま、こうして不安は減っている、かなり楽になっているから大丈夫、
と言い聞かせるだけでもずいぶん違ってくる。
だんだんと逞しさが身に付いて、
少しずつではあるが、切り抜ける方法も体感としてわかってくる。
どうせいつか立ち直る、と自然に思えるようになってくる。
私は重度のうつと診断されたくらいの状態だったので、
ここまでくるのには年単位だったし、
いまでも、その訓練をやっている途中だけれど、
かなり効果がある。
そして、そうやっていくうちに、
うつにかかる前、抗うつ剤をのみ始める前よりも、
もっと人生は素晴らしくなっている。
自分で切り開くということは、計り知れない可能性とパワーを得たということ。
あなたもそう。
きっと自分では気づかないうちに、
思いもよらないほどのことができているはずだ!
苦難、苦痛、悲しみ、絶望、
そういったものからは人は立ち直ることができる。
心は再生する。
そして少しでも前へ歩けるようになったら、
同じように苦しんでいる人たちに、暖かい言葉をかけてください。
そうすればますます、あなたのなかの強さと自信が、
増強されていくからです。
本人にとっては大変な道のりであっても、
乗り越えた人の顔、魂の輝きは、人々に感動を与えます。
某歌手もそうだったはず。
母親を殺されたあの女性シンガーです。
しかし彼女はさまざまな困難を乗り越えて、
いま、素晴らしく輝いています。そして第二の人生へ前進していこうとしています。
古今東西、苦難から立ち上がった人は、
たくさんの人に感動と元気を与えています。
人の心に光を宿すのです。