passyoo(パッショ)の日記

不安、うつ、抗うつ剤を克服した経験をつづったサイトです

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法20)

 

 人間だから、至らないところもある。

 

 

 そういったところを他者に突かれると、

 

 自分は完全ではない、

 

 とわかっていても、

 

 落ち着かなくなる。

 

 

 

 自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 そのうち相手にも腹が立ってくる。

 

 しかし、どうやって打開すればいいのか、方法がわからない。

 

 

 

 

 


 あなたにもこんな経験があるのではないだろうか?


 

 

 

 

 

 こんな時、あなたは自分を無力だと感じるだろうか?

 

 


 いや、無力ではない。

 

 

 不安を解消する方法は、そんなに難しい技術ではない。

 

 ゆっくりだが、確実に力を増し、効果も必ず表れる。

 

 

 

 それは、あなたにも必ずできることなのだ。

 

 

 

 

 

○マイナス思考が止まらなくても方法はある

 


ほんとうは失敗などないのだが、


あなたが”失敗”と思ったことがあるとする。

 

 

誰にもある経験だが、

 

いざ自分がそうなると、辛いものだ。

 

他者の目や言い分が気になり、

 

傷つけられたような気持ちになる。

 

 

 

そうした時に、どうしたらいいか。

 

 

 

あなたの苦しさがいたいほどわかる。

 


しかし、

 

あなたが失敗と思っていることは、失敗などではない。

 

単にこうしたらこうなるという、フィードバックである。

 

 

しかし、なかなかそうは思えないものである。


脳が不安にのっとられている状態だから。

 


さらに相手は自分を責めるつもりではない、大袈裟に考えすぎだ、

と認知を修正しようとしても、

心は思う通りに反応してくれない。

 

 

 

前向きにポジティブにとらえようとしても、

 

簡単には考えられない。

 

最悪の事態が頭によぎる。

 

こういった状態は、

 

止めようとしてもなかなか止められない。

 

 

 

 


だから、私の経験では、そのままで良いと思う。

 

 


そのまま考えを巡らせて、落ち込んでいても、

 

大丈夫です。

 

 

 

 

 

 

あなたを救う鍵は、

 

ちゃんとあなたの中に眠っている。

 

 

 


 

 

 

 


○その失敗に命を宿らせる。

 

 

あなたの失敗のなかに、

あなたの過去のなかに、

命の躍動があり、輝きがある。

 

 

 

決められた枠に沿ってお利口に生きる姿が、

 

人間なのではない。

 

あなたはそんな人に魅力を感じるだろうか?

 

 

 


人間には、どんな困難からも立ち上がる、永劫不滅の力がある。

 

人間には、神にも天使にもできないことができる。

 

 

 

 

 

人間は失敗することができ、

 

 

また、そこから、

 

 

立ち上がることができる。

 

 

 

 


その苦しみ、そのミス、その失敗、そのいたらなさのなかには、

 

あなたの真の姿があり、

 

真の輝きがある。

 

あなたの命が生きている。

 

 

 


待ち合いロボットのように、廊下であなたをプログラミング通りに出迎える物質よりも、

 

 

 

外の草原で自由に跳ね回り、

 

駆け回る駿馬が綺麗だ。

 

 

 


毛並みに光沢があり、

 

足並みは美しく、

 

目に輝きがある。

 

 

 

 

命が宿っている。

 

 

 

 


失敗を失敗と決めているのは、あなたなのだ。

 

いっぽうで、失敗ではなく、

 

これは自分の躍動であり愛すべき点である、

 

と認識するのもあなたなのだ。

 

 

 

ミスをして他者に思う通りに受け入れられなかった、

 

至らなかった、

 

だから多少の不和が起きた。

 

それはただその現象なのだ。

 

 

 


自分がどんなに未熟で至らなかった点があったとしても、

 

それは人間としてふつうにありうることであり、

 

誠実に対応しさえすれば、

 

それは失敗ではなくなる。

 

 

 

 

つまり、

 

それはあなたの成功になる。

 

 

 

 

 

 

 

相手の対応と感情を、

 

いったんまっさらに近い状態で受け止める。

 

そして自分のやるべきことを誠実に考える。

 

無理をするのではない。

 

誠実に向き合うのだ。

 

 

 

すると、

 

 

 


どこへいってもあなたは、

 

その時のあなたを、

 

誇りに思うだろう。

 

 

 

 


あえて失敗と書くが、

”失敗”のなかに命を宿してください。

 

 


それは誰かから非難されて、あなたの命を枯らし、死へ近づけるものではない。

 

 

あなたが生き生きと真に生きて、

 

躍動している姿なのだ。

 

輝く姿なのだ。

 

 

 

 

あなたはあなたの失敗に血肉を通わせてください。

 

 

誇りに思ってください。

 

 

生命を感じてください。

 

 

 


それができたとき、

 

 

あなたは自然に、

 

 

自分の”失敗”という名の現象を、

 

 

愛することができる。

 

 

 

 

 


そして、あなたが自分の失敗をゆるしたとき、

 

その目で他者を見ることができる。

 

 

相手もあなたと同じように、

見えないことがあって、

 失敗をおかして、接しているのかもしれない。

 

 

相手に怒りを感じていても、大丈夫。

 

それでいい。

 

 

たがいの失敗のなかには、命が宿っている。

 

 

その認識が芽生えると、

 

 

苦痛がかなり減っていく。

 

 


そうするうち、心のどこかで、

ほんの片隅で、

小さな場所で、

あなたは、その他者をゆるすことができる。

 

 

 

 

 

それが”失敗”が与えた、あなたの本当の財産だ。

 

”失敗”の役割はそこなのだ。

 

 

 


どん底を知っているからこそ、

 

あなたは自分のなかに尊厳を感じ、

 

誰かに手をさしのべることができる。

 

 

 

 

 

あなたはいくらでも、

 

 

自分の心を書き換えることができる。

 

 

なぜなら、

 

 

あなたは、自分の世界の王様なのだから。

 

 

 

 

しっかり認識してほしい。

 

 

あなたは、

世界と自分の価値感をひっくりかえすスイッチを、

持っているのだ。

 

 

 

 

 

あなたは、素晴らしい人なのだ。