passyoo(パッショ)の日記

不安、うつ、抗うつ剤を克服した経験をつづったサイトです

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法15)

「認知のかたより」は実際のところ、

どのようなものなのか。

あなたはご存じだろうか。

 

 

人間の認知は偏りがちだ、

 

とわかっていても、

 

実際どんなふうに偏っているのか、

 

偏っている間はどうなのか、

 

という点に関しては、あまりよく知られていない

 

 

 

 

では早速、例題。

 

 

 

 

下のGIF画像は有名なので、よくネットで見かけると思う。

 

どちらに回転しているように見えますか?

 

 

f:id:papaissyoo:20180704231031g:plain

 

 

右? 左?

 

 

 

 

右回転であっても左回転であっても、構わない。

 

 

ここであなたが注視するべき事は、

 

 

1) 一度右回転に見えたものは、

左回転に修正しにくいということ(逆も同じ)

 

2) 右回転に見えている間は、

左回転を見ることができない(認知できない)

 

 

 

 

これがあなたの脳の認知機能により、見えている世界の特性なのだ。

 

 

○たとえば、あなたが「自分はこうである」という思い込みによって、自身を評価しているときは、それ以外の見方をしにくい。

 

○どうしにくいかというと、上記の画像のような感じで、左回転に見えるはず、と頭でわかっていても、右回転にしか見えない。

 

○そして慣れないうちには、簡単には修正できない。

 

 

 

 

つまり、ある人が「きっと私は、こういう人間だ」「他者は私をこう見ている」と一度認識してしまうと、

それが事実でなかったとしても、その思い込みを解除しにくい。

 

 

上記の画像のように、

「いちどその方向に回転していると感じると、

なかなか逆回転には見えない」というように。

 

 

 

 

おわかりだろうか

 

 

 

悲観的な思い込み、

 

他者がこう自分を評価しているという思い込み、

 

社会はこうであろうという思い込み、

 

自分で自分に課す思い込み、

 

 

 

それらはバイアスがかかっている可能性が、非常に高い。

 

 

 

さらに、認知が「偏っている」と頭でわかっていても、

そのことで悩んでいる間は、

上記のように決まった方向にしか考えられず、

別の見方ができない。

 

 

 

悲観的になることは、私も多々あるのでいたいほど気持ちはわかる。

 

その最中は、どうしても、そうとしか考えられないのである。

 

他者でも自分でも「こうである」と決めつけてしまいがちである。

 

 

 

 

では、それをどう修正していくか。

 

 

 

 

この「不安に耐える力は、単なる”技術”である」のシリーズに記述している内容にも、ヒントがある。

 

 

不安や恐怖におそわれ、過去の苦しみから逃れられず、

 

抗うつ剤を服用するしかないほど傷んだあなたの心は、

 

上記の図のように、

 

同一方向の回転ばかりを見ている可能性が高いのだ。

 

 

 

 

そして、ひとたび不安の渦に巻き込まれたら、

「もうずっとこの不安が続くのではないか。どうなってしまうのか」

「自分はこんな風になってしまったから、もうだめだ、終わりだ」

と思い込み、その思考や感覚からなかなか抜け出せないものなのだ。

 

 

 

 

 

が、しかし……、

 

 

 

 

 

必ず不安が消えている瞬間があるのだ。

 

 

 

不安を具体的に解消する行動をしたり、きっかけがあったり、

 

もしくはきっかけがなくても、時間の経過で薄まったりしていくなど。

 

 

 

 

あなたがそこでするべき仕事は、何かというと…

 

 

 

そのときに、意識の焦点を当てるのだ。

 

 

 

 

これを繰り返していくと、

 

右回転しか見えなかったものが、

 

しだいに左回転も見えていくのと同様、

 

自分にも不安を解消する力があるのだ、

 

とすんなり理解することができるようになる。

 

 

 

 

その認識の部分を強化してやると、

 

脳はかならず、あなたに答えるようになる。

 

 

 

それから、また別の方法。

 

 

 

「こうだろう」というマイナスの考えしかできないときには、

上記の図を思いだしてみる。

 

 

 

すると、

「人間は、認知の仕方に癖があるのだ」

ということを、脳が意識するようになる。

 

 

 

 

そうしておけば、

 

そのときは、まだまだ悲観的な考え方しかできなくても、

 

数時間後にはゆっくりと鎮静され、

 

「まあ、別の見方もあるのかもしれないな」と少しずつ修正されやすくなる。

 

 

 

 

さいわい上記の図は印象に残るので、

 

苦しいときや不安なとき、

 

マイナスの思考に陥っているときには、

 

上記の図を思い出すだけでも良いと思う。

 

 

 

一方向の認知にかたよる癖がある、

 

ということを自身で意識できていくと、

 

心の自由度は高まっていく。

 

 

 

 

その小さな訓練が、あなたを確実に強くしていく。

 

 

 

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法14)


人間は自分の能力に蓋をしている。

 

 

自身で制限をかけているのだ。

 

自分がこの程度でしかない、と考えていれば思考も停止してしまう。


しかし、自分は結構できる、いろいろやっていけると自信を持てば、

脳が目覚め、能力が発揮されていく。

 

 

 

知人の職場での話だが、

専務の立場にある四十代ほどの男性がいた。

酒好き女好きでのみ歩き、職場でも態度が傲慢だった。

職場の飲み会などでもお金にルーズで、ちょっと危ない感じの人物だったらしい。

しかし、どういうわけかこの人が支部の社長に抜擢された。

ほかに人材が居なかったからだと思うが、なぜか社長になったのだ。


すると、この人物がまるで別人のようにがらりと変わった。

 

お金に関して緻密に計算をし社員に分配する。

好きなだけ飲んで荒れた生活をしていたのに、

飲むのも午後十一時までと自分で決め、酒にのまれなくなり、

仕事でも誰もが想像しえなかったほどの業績をあげたのである。

 

 

その人物は、社長という肩書きを手にしたとたん、
それにふさわしい行動を取るようになった。

 

お金やお酒に関してコントロールするようになったのも、
自分の肩に責任がのしかかっているため、
失敗することに「恐怖」を感じたからだという。


「恐怖」という名目で、

役割を与えられた扁桃体が協力してくれたのだ。


「恐怖」はとてつもない力を持つ。

それがときに味方になるのだ。

 


また、私の経験談だが、


あるところに仕事の依頼があったとき、


通常の相場よりも高く時給を設定した(注:風俗ではない)。

 

最初のうちは、それにみあう能力が出せるのか、


失敗するとまわりにどう思われるのか、非常に怖かった。

 

しかし、だんだんと脳が変化していった。

 

「その時給にみあう仕事とは、一体なにか」を勝手に考えだしたのだ。

 


会社のほうでは、逃げたくなるようなレベルの高い仕事をちらちら頼むようになってきた。
最初は怖くて仕方なかったのだが、やるしかないので、一応やってみた。
そうすると何故か自分が思っていたより対応できる。



ついでにIQテストもやってみた。


するとびっくりするような結果が出た。

 

大学生のときよりも、ずっと跳ね上がっているのである。


摩訶不思議としか云いようがないが、事実なのだ。

 


別に私が特別なのではない。
人間は自分に制限をかけて、その通り行動しているのだ。
蓋をはずせば、本当の力が解放される。

 


自分に役割を与えてやると、


押さえ込んでいた能力が、覚醒していく。

 


自分で思うより、あなたはすごい人間なのだ。

 

 

あなたの扁桃体が、どういうときにどういう感情になるのか、いちどつぶさに観察してほしい。

 

どういうときに、あなたをコントロールするのか。

 

せひ、あなたの行動をやすやすと支配してしまう扁桃体の力に注視してほしい。

 

 

一方で、扁桃体「快」という報奨と、
自分はこうありたい(抗うつ剤をのまなず不安をコントロールする技術を身に付けたい等)という方向性、
この二つをセットを与えてやると、

 

 

あら不思議・・・

 

 

呪文をかけられた魔法のごとく、


脳は動き出す。


ものすごい結果が必ず出る。

 

 


不安や恐怖は、自己防衛のための感情であり、必要な感情でもある。

 

一方で「快」という感情がもたらす報奨は、想像を越えるほとの大きなパワーを持つ。

 


この「快」→「小さな達成」や「報奨」を積み上げていってみよう。

 

自分が不安から脱したときに、メモをとってみよう。一行でいい。

 

どうやって不安から脱出したか。書いてみるのだ。

 

スマホのメモ機能に入力してもよい。

 

 


地獄の火に焼かれるほど、不安にさいなまれていた私が、

いまは普通に暮らしている。抗うつ剤なしで。

こういうことは可能なのだ。不可能ではない。



 

コツとしては、

 

抗うつ剤をやめ、

 

1不安が消えたこと


2どうやって消えたか

 

の二点を意識していってから、

 

一年半ほどで社会に復帰し、人間関係の交流も普通にできるようになった。

 

 

上記、1と2では、脳になにが起きていたかというと、、

扁桃体に自分で報奨を与えていたのだ。

 

 

小さな達成の力は、自分が自身を認める力になる。礎になる。

 

礎があると、自然に他者からの評価もついてくる。

 

 

 

まずは基礎を作るのだ。

 

その基礎を作っていく過程こそ、


もっとも強力な武器になるのだから。

 

 

 

 

 

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法13ー2)


「自分はこうである」という思い込みから、人間は出来ている。

 

スタンフォード監獄実験というものをご存じだろうか?

 


1971年にスタンフォード大学で実際に普通の学生たちを用いて行われた実験だ。

11人が看守で、10人が囚人として行われた。

目的は、ごく普通の人でも、役割を与えられるとその役割にあわせて演じ、

行動様式を変えてしまうという仮説への検証である。

 


この実験では、実際に囚人には囚人と自身を思い込ませるために、
看守には看守と思い込ませるために、
リアルに環境設定がなされた。


たとえば囚人役を、パトカーなどで逮捕し、指紋を採取し、下着をはかせず、薄手の囚人服を着せるなどしたのだ。


近年、この実験の信憑性が問われる証拠などが見つかっており、実験結果は必ずしも評価されるものではない。


しかしこの実験により、看守は囚人を虐待するようになり、
囚人は囚人らしくふるまうようになってしまった。
囚人のなかには実際に錯乱し、精神的に追い詰められる者も居た。


実験は大混乱に陥り、6日で中止された。

これは実験であり、演技である、と看守役も囚人役もどちらも認識していたが、
それでも尚、役割にしたがって人間性を変えたのである。


人間の心、人格は、粘土のようなものなのである。

 


こういった事例は、超・負のエネルギーを出しており、

このような記事ではあまり紹介するべきではないのだが、

あえて、意図が伝わりやすくするように、インパクトのある事例を出してみた。

 

 

これらは「役割演技」とも呼ばれ、よい方へも活用されている。

企業などや教育の場で、よりスムーズに対応できるために行われているのが、
ロール・プレイングと呼ばれる訓練法だ。

 

フライングシュミレーターなどで、パイロットが訓練するような事例がある。

 

役割などを疑似体験をさせることによって、現実の対応をより迅速にさせるのだ。

 

何度も繰り返し演じさせたり、集団で役割を持って演じさせたりすることで、
仕事や対応などが円滑に行えるようになる。

 

スチュワーデス(死語)がスチュワーデスらしくふるまうのも、

教師が教師らしくふるまうのも、

牧師が牧師らしく、

一流人が一流人らしく、

母親が母親らしくふるまうのも、

父親が(以下同文)。

 

 


人間というものは、その都度都度で、役割を演じる生き物なのである。

 

 

何が言いたいのかというと、

このように、自分自身というものは「自分がこうである」という思い込みからできている。


あなたはダメな人間だから、ダメにふるまうのではない。


自己嫌悪に落ちいり、自分はだめだと思い込んでいるから、


ダメなようにふるまうのだ。

 


私自身、家庭のために仕事を長期間休んでいる時と、

実際、職についたときの自分の精神的な変化を知っているので、

これはこの通りだ、といたいほどわかる。

 


人間は、リアルに環境を設定されて、その役割を演じさせられると、


それがあたかも自分自身のように思い込み、


そのように行動し、


そのような感性を持ち、


そのような感情を持つのである。

 


だから、自分はダメだ、と思うあなたは、

そう思い込んでいるだけで、

 真実の姿ではないのだ

 

 

 


ふとしたきっかけ。
少しずつの訓練。
自分がやっていける、という小さな自信。

 

それらを持つ場面を体験するにつれ、
とたんにあなたは、「やり手のあなた」になる。

 

 


人間社会というものは、その人が自分に自信を持っている、かどうかで結構評価される。
もうわかっているとは思うが、思ったほど学歴社会ではない。


社長をやっていたり、数億の年商を弾き出しているのは、高卒や中卒の人たちだった。


そういう現実を、私はこの目で見てきた。

 

 

自分のなかに、培ってきた乗り越えていける、という自信があるだけでよい。

他者はそれを確実に見抜く。

 

わたり歩いていける。

そういうものなのだ。

 

 

ただし自分というものは騙せないから、

自分のなかに、自信を培わなければならない。

ここがどうすればいいか、わからなくなるところだろう。

 

 

大それたことなどしなくてもよい。
大それたことをして何らかを得ようとすると、
とたんに扁桃体が不安を感じ、苦しみだす。

 

大それたことで喝采を浴びるのは、他者からの評価を求めているからだ。
他者の評価を求めるための行動は、別に今じゃなくてよい。
この目的のために行わなくてもいいのだ。

 

 


あなたのなかで、小さなことを積み重ねていく。

 

あなたが不安に対処するという目的を持ち、

行動し、

達成させるのだ。

 

人間関係の不安や苦しさを、

かすかであっても自分なりに気にしないようにしたり、

 

不安を感じてもその波が過ぎ去ったことを、

ちゃんと自分で評価し、報奨を与えていれば、

必ず大きな自信に繋がっていく。

 

 

それを、たまにでもいいので、続けていくのだ。

 

 

そうすると、苦しいことを乗り越えたというゆるぎのない基礎となる自信が形成されていく。

 

 

 

ちなみにスタンフォード監獄実験は、

悪魔のように残酷でもろい人間性を浮き彫りにする胸クソのわるい実験だが、
これを逆方向に応用したものがある。

 

少年犯罪を減らすために、
その少年が善行を行ったら、映画鑑賞などの無料チケットなどを与えるなど報奨を与えたり、
社会的に評価するなど、本人の達成力を認め、自尊心を満たしてやるのだ。


結果として実際に再犯率も減り、人間性も良い方へ変容した結果がデータとして残っている。

 

 

 

” 「スタンフォード監獄実験」の逆は実行できるか” という記事を参考にしてほしい(以下URL参考のこと)。

 http://www.dhbr.net/articles/-/2578


ここでも、「小さな成功を称える」ことの効果について記されている。

 

 


小さな成功やあなたにとっての小さな克服の積み重ねが、

 

実は他者から喝采を浴び、評価されるよりもっとずっと、

 

大きな威力を持つことを理解してほしい。

 

マグナム級の威力を持つのだ。

 

 

 

 

それは、ゆるぎのない真の強さと自信をあなたのなかに育てていく。

 

 

あなたは素晴らしい人間なのだ。

何度でも云う。

 

 

 

 


あなたは素晴らしい人間なのだ。

 

 

 

 

どうか思い込まないでほしい。

 

 


私のこの言葉は、根拠がないと思っていますか?

 

 

 

 

 

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法13ー1)

 

自分の扁桃体から生じる恐怖や不安などをコントロールする技術。

 

身に付けられるようになると、
他者の扁桃体の動きを推察し、
他者にある程度思うように動いてもらえる力がつく、と前回記事に書いた。

(もちろん悪用はダメ)

 

例をあげると

仕事の条件や中身、

友人とのつきあいなど、

多々な場面において、

 

おたがいにとって、有益で健全な交渉を行わなければならない時、


いつ相手に報奨を与えればよいか、
自分がどういう行動を取ればよいか、わかってくる。

 

相手もこちらの要求に沿って動いてくれることが多くなるのだ。

 

 


○アラジンと魔法のランプが意味するものは?


人間には越えなくてはならない壁がある。
あなたが不安や恐怖を感じるもの、
そこに鍵がある。

 

それを回避してもよいだろうし、乗り越えてもよい。

 

何がベストな選択かは、個々のケースによりけりだと思うが、
まずはターゲットがなにか、自分で把握してみるのである。

 

なんに不安を感じているのか。

何が恐怖を引き起こしているのか。

それについて焦点を当てる。

 

そして脳に、

 

「ではどうすればこの問題を解決できるか?」

 

と必ず問いかけるのである。

 

 


何度も書いているように、


あなたの脳はあなたが思っているよりも、
ずっとすごいのだ。
意識ではたちうちできないほどの、
物凄い能力を持っている。

 


だからこんな問いかけは無意味だし、苦痛だ、と諦めずに、

「どのようにこの問題を解決すればよいか?」

と自分自身に問いかけてほしい。

ミッションを与えてやるのだ。

 


あなたは魔法のランプを持っている。

 

 

それはこの膨大な命を繋げてきた、あなたの肉体にひそむ、

とてつもない能力なのだ。

 

 


アラジンと魔法のランプという物語がある。

あれはおそらく、自分の潜在意識や、把握しきれていない真の能力について、
擬人化して描いているのだと思う。

 

信じられないような進化を遂げて、多用化してきた生命の底力を、
あなたも確実に、携えている。
生命であり、進化によって生まれた人間だからである。

 

 

お願いすれば願いを叶えてくれる、魔法のような存在。

 

あなたはそれを引き出す魔法のランプを持っているのだ。

 


必ず結果が出てくる。

 

 

拙い記事ではあるが、
あなたがこのような内容のブログを探し当てたのも、
あなたの脳の成果なのだ。

 

 


○恐怖を味方につける。


数年前、抗うつ剤を止める、と決めたのは、
非常に苦しいきっかけがあったが、
その生活を続けていると、もっと苦しいしっぺ返しがくることに気づいたからだ。

 


与えられた人生という、尊い宝物。

15年の間、薬でごまかし、

ずっと眠るような生活をし、

人とも交流せず何にもチャレンジもせず、台無しにしてしまったこと。

 

そのしっぺ返しが、ものすごく怖かった。

人生を失ってしまったも同然だ、と感じていたのだ。

 

しかし、人生は続いていく。

 


今にして思えばその不安と恐怖のおかげで、
努力をしたり、模索したりできたのだろうと思う。

 

なんの問題もなければ、

こんな風に明るく生活することはできなかったはずだ。

 


あなたをふりまわす、小悪魔な扁桃体

 

それは「厄介で子供じみた高知能な原始の脳」

 

という認識があるかもしれない。

 

 

しかし、それは間違いである。

 


賢い知能を持つ扁桃体は、

その恐怖や不安によってあなたを揺さぶり、

何らかの行動によって、

解決する道へと誘おうとしているのである。

 


扁桃体は、おそらく時間の観念があまりない。

 

過去のものか、未来のものか、あまり把握できない部位なのだと思う。

 

だから、昔の心の傷をずっと背負っていたり、

 

過去の失敗を現在目の当たりにしている恐怖のように、とらえたりする。

 

 

 

しかし、それだけではないのだ。

 

不安や恐怖という非常に苦しい感情を使って、
あなたの知性や理性を司る大脳辺縁系を、かるがると操り、
あなたをほんとうに進むべき方向へ導いているのだ。

 


そのあまりにも苦しすぎる感情の度合い、大きさ。

 

それがあなたの真の能力であり、

 

あなたの持っているとてつもない力の正体なのだ。

 

 

 

 

恐怖と戦うのではなく、

恐怖から逃げるのでもなく、

恐怖と向き合うのでもなく、

 

どうすればいいか?

 


恐怖を味方につけるのだ。

 


あなたはすでに今、
恐怖を味方につけているのである。

 


乗り越えたほうがよい理由があるはずである。

回避でも克服でもどちらでも良いが、

それをどうにかすることで、あなたに確固たる何かがやってくるのだ。

 


一度、そういう視点で自分を眺めてみよう。

 

 

 

 

○自分の扁桃体をコントロールできる技術力と、他者をコントロールできる力は比例する。


これは私の感覚でしかないのだが、どうもそういう感じがする。


扁桃体から生じるマイナスの感情をコントロールしたり、

報奨を与えるなど、マネジメントする力が増すほど、

外界との交渉がうまくいき、技術力も増し、

収入が増え、評価が高くなり、人間関係も良くなり、

生きるのが楽になってくる。

 

 

もちろん時間的な忙しさや、いらつくことは増えてはくるが、

生きるのが楽しくなってくるのだ。

新しいチャンスもやってくるようになるし、

手助けしてくれる人も増えていく。

 

 


いい意味で、新しい価値に気づくことも、多くなってくる。

 

 

あなたが乗り越えたこと、努力してきたこと、やってきたことは、

 

必ず自分にとって良い力になって、返ってくる。

 

 

決して無駄にはならないし、

 

不安や恐怖を強く感じるから、駄目であるということではない。

 

むしろそれこそが、ものすごい潜在能力を秘めているという証であり、

 

通り抜けたとき、はかりしれない輝きが、あなたにふりそそぐ、

 

ということでもある。

 

 

 

ほんの少しで十分だ。

少しやれたら、もっとやれるようになるからだ。

 

 


あなたは、まばゆい財宝を手にいれる。物質だけではない。


心が満たされる本当に輝いた日々が、あなたを待っている。

 

 

 

 

 

 

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法12)

 

自分を制すれば、他者を制することができる。

 

 

少々大袈裟かもしれないが、

自分の扁桃体を知りコントロールすることができれば、

他者との関わりにも応用することができる、ということだ。

 

 

(ここで云うコントロールとは、「対立」のことではないので注意)

 

 

 

自分の体験だが、

資格試験のために勉強をしなくてはならなくなった。

 

 

しかし、なかなか取りかかれないし、やってもすぐ気が散る。

非常に捗らない。

 

 

これがなぜなのか、考えてみた。

そして自分の感情と行動の動きを、観察してみた。

 

 

まずなかなか始められない。

始めたいのだがいろいろ誘惑があったり、

先に片付けたい雑用があったりと、スタートすらままならない。

 

 

どうにか初めても、参考書のページをめくろうとすると、

また別のことをやっていたりする。

 

 

 

成功者は、新しい脳(大脳辺縁系)の働きが強く、

失敗しがちな人間は古い脳(扁桃体)の働きが強い人、

という記事をどこかで読んだことがある。

 

 

成功者とか失敗者ということばは語弊があるので、あまり使いたくはないが、

ここではわかりやすくするため、ひとまず用いることとする。

 

 

 

これはつまり、自分の原始的な感情をコントロールすることができれば、

 

いろんなものに対して成果をあげやすくなる、

ということだ。

 

 

あなたが、扁桃体にふりまわされやすかったり、

こつこつ努力しなくてはならないのに、

なぜかやらないで自分に失望したりする原因は、

 

 

 

 

あなたの扁桃体がズバ抜けで賢いから、である、

 

 

 

と考えてみてはどうだろうか。

 

 

 

なにかやらなければならないのに、

サボってしまう時の自分の感情や行動をよく観察してほしい。

 

強く決意しているにも関わらず、非常にたくみに気をそらすのである。

 

また、気をそらすまい、と自分なりに奮闘していても、

何か理由をつけて、優先順位を変えてしまうのである。

 

 

努力することが「苦痛である」と感じ、

苦痛からいかにして逃げるか、というところにポイントが当たっているため、

非常に巧妙に、自分を騙し、その苦痛から逃れようとするのである。

 

 

努力から気をそらそうとするために、

ずば抜けの頭脳でそこから逃れようとする。

 

 

なぜかというと、あなたの扁桃体が、非常に賢いからだ。

 

 

 

大脳辺縁系といった理論や理屈の部位を、

おさえつけて操ってしまうほどに高知脳なのだろう。

 

 

以前にも書いたが、扁桃体は、言語を持たない。

 

だから、自分で自分の真の感情に気づきにくいのである。

 

しかし言語を持たないから、バカということではない。

 

言語を持たないだけだ。

 

ものすごく巧妙に大脳辺縁系を操ってしまうのである。

 

 

そのことにちゃんと注目してみよう。

 

 

 

あなたの潜在的な力はすごいのだ。

扁桃体は原始の脳であっても、バカではない。

 

 

そしてこのことから、云えるのは、

 

相当な知能を持つ扁桃体をコントロールすることができたら、

いろいろなことが可能になる。

爆発的に。

 

 

自分の不安に対処する、という対策のためだけに扁桃体と向き合うのではない。

 

 

自分の内面、感情をつぶさに観察し、

それに対する対処法を大脳辺縁系で生み出したり、

コントロールすることができれば、

他者を制することも可能になっていく。

 

 

 

他者の扁桃体の動きが、手に取るようにわかってくるからだ。

 

 

 

他者にいつ報奨を与えればいいか(誉めることや、笑顔を見せるなど)、

よくわかってくる。

 

 

人間は、報奨に弱い。

ほとんど報奨のために行動しているといってもいいくらいだ。

 

 

いつそれを与えれば、他者と和をもってつきあい、

他者に動いてもらえるのか(悪だくみはダメ)、

わかってくる。

 

 

後々、このずば抜けの知能を持つ、あなたの扁桃体を、

どう扱っていけば、自分の目的に達成しやすくなるかについて、

もう少し具体的に書いていこうと思う。

 

 

あなたが不安を自力で解消するためにやってきたこと、

乗りこえた力は、

ものすごいところへあなたをつれていくのだ。

そのことを、頭の片隅に入れておいてほしい。

 

 

 

やってみて損はないのだ!

 

 

 

 

 

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法11ー3)

 


悩みすぎても、物事の解決する確率が増えるわけではないのだ。


人のちょっとした表情やしぐさ、言い回しを、私もかなり気にかけるタイプで、タイヘンだ。

 

自信の無さが原因でもあるし、

抗うつ剤を長い間のんでいたことへの後ろめたさが引き金でもある。

 


これについて、私は、


「なるべく悩まないようにした場合、実際、現実がどうなるか」


というのを実践したことがある。

 

 

これまでは悩んで悩んでどうにかならないか、

どうして自分は駄目なのか、

あの人からどう思われているのか、先が不安だ、など、
とにかく悩んできた。

 


けれど現実がそれほどわるくなることもないし、変わることもなかった。

 

では悩まずにいればどうなるか、実験してみよう、と考えたのだ。

 

 


ちょっと前に新しい仕事が入り、
そこの職場で業務をしたことがあった。

 

もう若くないし、過去にも大失敗をした。
そのほかにもいろいろな理由があり、
私は自分の能力について、細心の注意を払わなくてはならない、と考えていた。


ミスは減らし、なるべく有能なところを見せつけなくてはならない、そう考えた。
事情があり、自分の価値をおとしめたくなかったのだ。

 

しかし最初から、新規の職場で、なにもかもうまく行くわけがない。


小さな思い違いや、ミスなどをするたび、職場の人がどう思っているのか、

ものすごく気にした。
ここに私がいるのは彼らにとって迷惑なのではないか、と考えた。

 


職員たちの表情、言い方、それらが冷たく感じた。
ほかの職員もあきれているように感じたし、

そういう言葉らしきものを言ったような気がした。

辛い夜だった。

 


しかし……

 


もう今やド素人ではないのだ。

 

 

 

そんな自覚があった。

 

これまで数年かけて積み上げてきた実績は無駄ではない、そういう自負があった(別に自慢ではなく)。

 

さらに、あのもっとも辛い状態、
抗うつ剤をやめた直後で、あがいてもがき苦しんだこと。
地獄の底を味わった経験こそが、役に立った。

 

「あれ以上の苦しみはそうないだろう。あの状態からどうにかここまで回復したのだから、
またきっとどうにかやっていけるだろう」

 

そう考えたのだ。

 

 

そこで、どうすればいいか方策を練った。

 

「今回は、なるべく悩まないでみよう。そうして明日の現実がどうなるか、実験してみよう」

「もしたいして現実が悪くならなければ、これは自分の実績になる。”悩まないでも大丈夫”」

 


そして意地でも悩みから気を逸らした。

 

今回は、「実践して、成果にする」
という目標があった。

 


もし、また似たような状況に直面したとき、


疑心暗鬼と不安で苦しくなっても、


「以前、こうしてみて大丈夫だったから、今回もまた乗り切れるだろう」


と考えれば、楽になるだろう、


そう思ったのだ。

 

 

 

訓練だ。

 


そして翌朝、その職場では、

何事もないようにふつうに振る舞い、ふつうに仕事をした……

 

 


結論は?


 

まったく、何事もなく平穏な状況だった。

 

 

そこの職員たちとは普通に接した。そこそこ楽しくふるまうこともできた。

 

 

評価がどうとか、悩んでも悩まなくても、現実はさほどたいしたことはないのだ。

 

 

 

結論として、

「悩みすぎないでも、現実は大丈夫」

という実践結果を獲得した。

 

 

 


このように、結果を意識して精神状態のコントロールに取りかかると


脳が報奨とみなす。


それにより、不安などのマイナス感情を抑制する力が強くなる。

 

 


これは他者からの評価にふりまわされやすい人間の心理に、有効に使える。

 

他者からの評価すべてに、自分の価値をゆだねていると、
その人はふりまわされ、支配されてしまう。
不安や怒りも大きくなる。

だから、どこかで線を引くのだ。これが鉄則だ。

 

 

相手がどう思おうと、自分はまたどこかでやっていける。


自分の価値は、その人だけの物差しで計れない。

 

 

それが真実なのだ。


幻想ではない。


正真正銘の真実なのだ。

 

 


だから、もし相手の評価にふりまわされそうになり、


評価が芳しくないときに、苦しくなって落ち込んでしまったら、


その時に、もうひとつの価値基準を自分のなかで意識してみよう。

 

 


1相手の価値基準。


2自分の価値基準。

 

 

この二つをエンジンにするのだ。

 

 

 

相手の価値基準をまったく気にしないでいるのは、相当に難しい。

気になるものは気になるのだ。

 

そうであれば、自分が精神力を強めるために、


「今回不安をコントロールするために○○をしてみよう」


と小さな目標を持つのだ。

 


たとえば、上記の私の些末な実践のように、


「今までは真に受けて不安になって苦しんでいたけれど、今回は悩まないでみよう。



結果として、現実が思っているようなわるい状態ではない場合、


それが自分の成果になる。


もう今後はさほど悩まなくても、現実的には大丈夫、という、

 

経験を積むことができる。


苦痛もコントロールすることができるだろう

 

 

という風に。。。

 

ほんとうに小さなことでも構わない。


「この人には笑顔で挨拶してみよう」
「いろいろ言われても、今回1回だけは気にしないでみよう」
「○○さんに、話しかけてみよう」
「気になるときに、”私は大丈夫”と何回も心で唱えてみよう」

等々。

 


できたときには、必ず、できたことを強く意識し、


自分の好きなものを食べるとか、好きな音楽を聞くなど、自身に報奨を与えよう。


やった、できた!と喜ぶだけでも十分効果が高まる。


そうして海馬によい記憶を叩き込もう。


よい結果を叩き込むのだ。

 

 

 


そうすればもう、どこへいっても、あなたのなかには、
あなたが培ってきた真の力が、息づくようになる。
まわりの人にふりまわされることがあったとしても、
そこでエンジンを切り替え、自分の力を見れば、

世界が変わる。

 


自分はこうすれば、
自分自身を評価できる。成長できる。

少しであっても昨日より強くなれた。

自分のなかに価値基準を作り、チャレンジし達成を味わうのだ。

 

 

そうすることで、小さくても確固たる、揺るぎ無い自信が育っていく。

 

それは確実に成長していく。

 

自分の血肉に蓄えた力だからだ。

 

人がどう思おうと、関係ない。

 

その力は自分のなかにあるのだ。

 

 


そうしてあなたは強くなれる。


少しずつ少しずつ、真の強靭さを身に付けていく。

 

 

不安に耐える力は、単なる”技術”である(抗うつ剤なしに不安を解消する方法11ー2)

更新遅くなって申し訳ありませんm(_ _)m

 

 

他者の評価が気になるのは、体質といっていいくらい、

訓練しても、気になるものは気になるのである。

 

 

しかし気になったって別にいい。

そこから、

対処法を駆使していけばいいのだ。

大丈夫。

苦痛はかなり減っていく。

 

 

 

前回の記事で、

他者が自分に何を感じているか、正確には検証のしようがないので、

「無」と考えてよい、と書いた。

 

こう書いても、やっぱりその時々の状況次第で気になるのがニンゲンだ。

 

 

しかし、だ。

気になるか、気にならないか、ではなく、

どれくらい気になるか、というところに焦点を当ててみよう。

 

 

「どうせ、検証してもわからないのだから、、、」

 

と考えると、

約20パーセントくらいは、気になっていたりその考えに固執している時間が減るのではないだろうか?

個人差はあるが、数値は減るはずである。

 

 

つまり、

たった20パーセントではあるものの、楽になっていることは事実だ。

そこを、しっかり自覚し、成功体験として、海馬に叩き込もう。

「以前より減っている。これはすごいことだ」と。

 

 

そうしていくと、「悩んだり考えたりする時間が短くてもよい」

ということを体感するようになる。

 

それを積み重ねていけばしだいしだいに、

 

「あんまり悩んでもしゃーないな」

ということが、わかってくる。

 

 

もちろん悩まなかったからといって、

現状になにか特別な変化を与えることはできない。

相手が自分のせいで困っているかもしれないし、困っていないかもしれない。

 

しかし、そのことと、

 

自分が「相手は私のことをいやな人間だと考えているのではないか」

 

と悩むことは、連動しないのだ。

 

 

 

つまり、結果や現実がどうであれ、

悩みすぎてあげても、

効果はないのだ。

 

 

現実がわるくても、またはよくても、

 

”悩みすぎる”ことと、それを打開・解決することとは、比例しない。

 

 

悩むよりは、

「ではどうしたらよいのか」と具体的に検証し、

自分の行動をどうしていくかなどの方法を考えたほうがよい。

 

 

あなたはだめな人間でもないし、失敗したからといって価値がなくなるわけでもない。

 

あなたは素晴らしい人間だし、素晴らしい人間であってもふつうに失敗はする。

だめな面だって誰にでも必ずある。

あなたの価値とそれらのことは、何の関係もない。

 

 

 

次回につづくが、

さらりと少々次回のポイントを書くと、

 

他者の価値基準が気になるのは、仕方がない。

それならそれでよい。

ではそのことによって生じる苦痛をどうするか?

 

  ↓

 

他者の価値基準を気にかけるいっぽうで、

これまであまり焦点をあてなかった自分の価値基準にも注目してみよう。

 

 

「一方がうまくいかなくても、

こっちのエンジンを使えばいい」

 

というふうに、

ハイブリッドで行くのだ。

 

 

<つづく>