passyoo(パッショ)の日記

不安、うつ、抗うつ剤を克服した経験をつづったサイトです

私が抗うつ剤を止めていった過程 その6

 

 

 

 

「旅」はもっとも好きなことだった。

これまでの長風呂やジョギングなどの受け身の回復とはことなり、

自分で好きなものに向かって能動的に動いたのが「旅」だった。

行動することで、じぶんを苦しめる思考から、ほんのひとときとはいえ解放されたのだ。

 

 

自分が我を忘れて夢中になれることを行うことは、

「疲れることはしてはならない」

と鬱の治療の時に言われていたことと真逆である。

 

 

しかし私の場合は、

ただ休んでいたり、家にこもっていたり、

薬で眠って思考回路を無理矢理オフにしてしまうことよりも、

そのほうがずっといいくすりだった。

 

 

そして仕事を始めた。

仕事は肉体労働の部分がたぶんにあったので、

私にはむいておらず、短期でやめた。

正直辞めたことでまた自己嫌悪に陥り、

そのあとふたたび谷間に陥る。

 

 

しかし体力的にも通勤距離的にも自分としては限界までやった。

そう言い切れるように、毎日苦しくても仕事をするようにした。

人間関係においても問題のある人と関わらなければならなかった。

不条理に怒りがこみあげたが、

「怒れる」

こと自体が救いだった。

いつもいつも自分を卑下し、人格が破壊されるほど苦しんでいたからだ。

 

あのテこのテでなんとか、不安とたたかい工夫して出勤するようにした。

そして自分でこの状態で、「なんとかやれるところまでやった」と、

あとから振り返ったときに少しでも感じられるようにした。

 

 

どうせ、一生そこで勤めなかったことについて、

後悔したり自己嫌悪を抱くであろうことはわかっていた。

そういう思考しかできないのだ。

 

 

それは仕方がないのだが、

ただ逃げたんではなくて、自分の中でこうやって工夫してみた、対策をたててみた、

など、少しでも前に向かって鍛えるために、

状況を切り開くトレーニングをするために、

どんな試行錯誤をしたのか。

そういった点についても視点を持つようにした。

 

 

 

仕事を辞めたあとは、無謀にも通信で資格の勉強に専念することにした。

あの苦しさのなかでは異常な選択といえよう。

ほとんど金ドブである。

圧倒的に押し寄せる不安と恐怖の中で、

テキストを読むこともままならない。

テキストの内容も難しく、暗記どころではない。

わからないところを聞けるひとが身近にいないことが、また恐怖を倍増させる。

 

 

「このまま、どうなるのだろう。

もし資格を取れなかったら? 

肉体労働は不向きだし、レジは現ナマを扱うからミスが極度にこわい。

私にあった仕事なんてあるのだろうか」

 

 

そんな恐ろしさのなか、

どうにか息継ぎする感覚で、

10分、15分、とテキストを読んだ。

30分読んだ頃には、子供が構ってほしくていろいろアピールしてくる。

なかなか集中できなかったが、それでもとにかくやった。

 

 

そうしていくうちにあることに気づいた。

集中できないのではなく、

超短時間なら集中しているのだ。

人間としてどうかという生活状態だったが、

生き暮らすためには、

なんだかんだいってもどこかで集中をしているのだ。

 

 それは自分にとって成果ともいえるくらいの大きなことだった。

 

 

別に私が特別なのではない。

そういうものなのだ。

 

 

集中している間に苦痛がないということではない。

苦痛はあるが、優先順位を変えることができているということだ。

 

 

 

 

10分でもいい、15分でもいい、時間の長さではない。

自分はこの苦しみについて、

どんな対策してきたか。

そしてその成果は、あったかなかったのか。

など、

有りか無しかに焦点を当てる。 

 

 

 成果がなければ、その方法を一旦中止すればいい。

成果があればデメリットと天秤にかけて、

メリットが大きいなら採用・続行すればいい。

 

 

 

他者や元気なときの自分と比べないでいい。

抗うつ剤を必要とせず、健康な生活を取り戻すことを目的とするのなら、

比べることに意味はない。

 

 

 

つまり、それだけだからである。

過去の自分は過去にしかいない。

秀才やうまくいっている人々が、

自分にお金を与えるわけでもない。

 

 

 

もしあなたがなにか行動したとしたら、

ほんとうに素晴らしいことだ。

自分で苦しみを見つめ、

その足で前へと歩いたからだ。

 

 

行動しようと考えただけなのだとしたら、

それは、もっとすごいことだ。

 

あなた以外の誰も理解しえない苦しさのなかで、

あなたは主体性を手にしたのだ。

あなたは希望を与えられたのではなく

自分で作り出したのだ。

その心自身で。

 

 

 

それは後々、強靭な動力になりうる。

 

 

あなたはいつか、すっかり回復するだろう。

 

もちろん四苦八苦することもあるだろう。

 

しかし抗うつ剤も通院もいらなくなってから、

 

やってくる困難や不安は、

 

格段にそれと闘っていたころのものより小さい。

 

どうってことない。

 

必ず切り開いていけることが、

 

自分でわかっているからだ。

 

それらの苦しさに自力で対応したことが、

 

たしかな自信となって、

 

あなたを静かな本当の勇者にするからだ。

 

あなたは輝く宝石の原石なのだ。

 

そして傷ついた人に、力を与えていけるのだ。

 

 

 

さて、もし行動できたら、

せっかく行動してみたのだから、

回復力をより強化するために、

ポイントを整理してみよう。

以下について意識してみる。

 

 

 

1)自分が問題解決のために、何らかの手段を講じたかどうか。

ターゲットの設定)

 

 

2)実際に思いついた手段を行動にうつしたかどうか

。またそれは、どのような行動だったか。

データの取得)

 

 

3)時間や度合いに関わらず、うまくいったか。

(効果的に回復するための認知の強化

 

 

 

自分で強く認識することが大事だ。

 

 

 

この認識の強化が、脳の機能を強化する。

 

不安に対応するための、脳の特定部位の重量も増えることがわかっている。

 

 

 

そして短時間であるけれど、

あなたはこの文章をここまで読んできた。

ある程度「集中」して。

 

力は失われてはいない。

眠っているだけなのだ。

 

 

 

つづく